• スタッフブログ, 古文 26.02.2010 コメントは受け付けていません。

    春と言えば・・・?

    春と言えば・・・何を思い浮かべますか?

     

    今日は午後から雨が降りました。春の雨って感じの雨です。

    冬の雨と春の雨は違いますものね。

     

    万葉集に

    「山吹の咲きたる野べの つぼすみれ この春の雨に盛なりけり」

    (高田女王、万葉集8-1444番)

    という歌があります。

    降りしきる春の雨の中で咲いているスミレ、目に浮かびますね。

     

    新古今和歌集には、伊勢の歌で

    「水の面にあや織りみだる春雨や山の綠をなべて染むらむ 」

    という短歌があります。

    山の緑を一斉に染めていくのは春の雨なんですね。

    ひと雨ごとに春らしくなって、木々も芽吹いてきます。

     

    同じ新古今和歌集の山部赤人の歌

    「春雨はいたくな降りそさくら花まだ見ぬ人に散らまくも惜し」

    は桜が咲いている頃の雨です。

    いたくな降りそ、 あまり強く降らないで、と呼びかけています。

     

    春と言えば、と聞かれると私は躊躇なく「さくらもち」と答えるのですが

    sakuramotisakuramotisakuramotisakuramotisakuramoti

    この仕事で春と言えば・・・

    そう、春期講習!!

    趣の無い話でごめんなさいね!

    この24日に新聞折り込みチラシを入れさせていただきました。

    ここのところお問い合わせをいただくんです。ありがたいです。

     

    「春だな~」とのほほんとしていたらすぐに終わってしまう春休み。

    今の学年の復習をぜひやっておきましょう。

    エール学院の春期講習は、個別指導が4回です。

    ちょっと頑張ってやってみませんか?

    そして頑張った自分へのご褒美といったら・・・

    さくらもち、ですね!

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  • スタッフブログ, 古文, 未分類 22.01.2010 コメントは受け付けていません。

    「風が吹けば桶屋が儲かる」理由って?

    「風が吹けば桶屋が儲かる」??なぜ??

     

    昨日は暖かかったですね。ここ熊谷でも最高気温が19.2℃だったそうで

    気の早いニュース番組が「あついぞ!熊谷」と言って取り上げてくれていました。

    午後からは強風が吹き荒れ、そこでがらっと空気が入れ替わりました。

     

    今日は私立高校入試だった生徒さんも多かったのではないでしょうか。

    今朝は寒かったですね。

    単願・併願いろいろなケースがあるかと思いますが

    日ごろの力を出し切れば大丈夫ですよ!

     

    風が吹いたので「風が吹けば桶屋が儲かる」を

    風が吹いたので「風が吹けば桶屋が儲かる」を解説してみます。

    聞いたことがあるけど、理由がわからない。…方が多いかもしれません。

    今は「桶屋」が稀ですしね。

     

    解していくとこんな理屈になっているんです。

    ①強風が吹いて土ぼこりが立つ

    ②土ぼこりが目に入って目がつぶれ、盲人が増える

    ③盲人は三味線を買う(当時、三味線は盲人が弾くことが多かった)

    ④三味線に使う原料の猫の皮が必要になり、猫が殺される

    ⑤猫が減れば天敵のいないネズミが増える

    ⑥ネズミは桶を囓る習性があり、増えたネズミが一斉に桶をかじる

    ⑦かじられてしまったため、桶の需要が増え、桶屋が儲かる

     

    なんて話が吹っ飛ぶのでしょう!

    土ぼこりが目に入って、盲人が増える時点で無理がありませんか。

    猫をむやみに殺さないでほしい!!

    とか問題山積なのはさて置き。

     

    私はずっと「目に入ったごみを洗い流す桶」を想像していたんですが

    (今ならアイボン?)

    ずっと複雑なプロセスがあるんですね。

    こういった、思わぬところに思わぬ効果がでることを

    「バタフライ効果」というのだそうです。

     

     

    出典は江戸時代の浮世草子『世間学者気質(かたぎ)』巻三(無跡散人著、明和5年、1768年)。

    ここでは、「桶」ではなく「箱」であり、「風が吹けば箱屋が儲かる」などの成句の形で

    書かれている訳ではないそうです。

    また、『東海道中膝栗毛』二編下(享和3年、1803年)に現れるのも有名で、こちらも「箱」

    と書かれています。「箱」→「桶」になったのはいつなんでしょうね。

     

    j0219109

    では「風が吹けば合格がゲットできる」?!

    これは「バタフライ効果」ではなく頑張った皆さんには当然の結果ですよ。

    試験がまだの人も、合格をゲットしましょう!

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  • スタッフブログ, 古文 16.01.2010 コメントは受け付けていません。

    蝉丸ルール?

    蝉丸ルールってご存知ですか?

    百人一首で遊ぶ「坊主めくり」のルールなんですが。

     

    「坊主めくり」とは?やったこと無い方もいらっしゃるかもなので

    ざっくり説明させていただきますね。

     

    使うものは、百人一首の絵札だけ。読み札は使いません。

    絵札を全て裏っ返し、積み重ねれば準備完了。

    それを遊ぶ人たちの真ん中に置き、順番に1枚ずつ引いて表を見ます。

    引いた札の絵が

    ①男性が描かれた札を引いたら、そのまま自分の手札とします。

    ②坊主(お坊さんでもかぶり物を着けていることがあるので注意)の

     描かれた札を引いてしまったら、引いた人の手元の札を全て

     山札の横に出しましょう。

    ③女性の札(お姫様)を引いたら、引いた人がそれまでに山札の横に

     置かれていた札を全てもらうことができます☆

    積み重ねた裏向きの札の山がなくなるとゲームが終了。

    この時に最も多くの札を手元に持っていた参加者が勝ち。

    読むと分かりにくいかもしれませんが、やってみると簡単で楽しいですよ!

     

    さて蝉丸ルールとは?

    いろいろな遊びにローカルルールがあるように「坊主めくり」にも

    ローカルルールがあるんです。

    その一つが蝉丸ルール。

    札を表返した時に蝉丸だったら、その場の全員が手元の札を

    山札の横に出してしまわなければならない、というものです。

    恐るべし蝉丸。

     

    我が家では蝉丸ルールは適用していませんが

    蝉丸がでた時に「あっ蝉丸~~」となるのはなぜなんでしょうね。

     

    蝉丸の人となり

    そんな蝉丸ですが(ってどんな)

    宇多天皇の皇子敦実親王の血を引くとか、

    あるいは醍醐天皇の第四皇子などの諸説があります。

     

    また、盲目の琵琶法師だったという説がありますが

    百人一首の絵札に描かれた蝉丸は盲目で琵琶を奏でている姿が

    多いのはこの説からなんでしょうね。

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    蝉丸は絵札では坊主カテゴリーですが、坊主(失礼!)では

    無いようです。

    『今昔物語』によれば、宇多天皇の皇子敦実親王に仕える

    官位の低い役人で、琵琶の名手だったとたいわれます。
     

    いずれにしても、謎の多い人物だったんですね。

     

    百人一首の歌は

    「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」

    これが蝉丸の歌。

     

    意味は、「これがあの有名な、都から東国へ下って行く人も

    都へ帰って来る人も、ここで別れてはまたここで逢い、

    知っている人も知らない人も、ふたたび逢えるという

    その名のとおり逢坂の関なのだなぁ」という感じでしょうか。

     

    『これやこの』は、これが話に聞き及んでいる、これこそが!

    という意味で、結句の『逢坂の関』に掛かっています。

    逢坂の関は

    「夜をこめて とりの空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」

    の清少納言の歌にも詠まれていますね。

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  • スタッフブログ, 古文 14.12.2009 コメントは受け付けていません。

    古文な気分「時期的に菅原道真」かな?

    「古文な気分」時期的に菅原道真思い出す、なんてね。

    学習塾エール学院の古文のシリーズでは、今 百人一首を特集しています。

    その中でも、歌にまつわる話や 作者のエピソード

    言ってみれば「百人一首スピンオフ」ってところのお話。

     

    菅原道真の歌は

    此の度は 幣も取り敢へず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

    (今度の旅は急な旅立ちだったので、「ぬさ」を用意するようなひまもありませんでした。

    手向山の神さま、とりあえずこの美しい紅葉を「ぬさ」としてお供えしますので

    どうかお心のままにお受け取りください。 )

    というような意味になります。

     

    菅原道真は宇多天皇に重用されて昇進し、醍醐朝では右大臣にまで昇りました。

    ところが左大臣藤原時平に心無い告げ口をされてしまい、

    大宰府へ権帥として左遷され現地で亡くなりました。

     

    菅原道真の死後天変地異が多くおこったので朝廷に祟りをなしたとされて、

    天満天神として信仰の対象となったのです。

    現在はご存じのように学問の神として多くの人々に親しまれていますね。

     

    菅原道真と梅の花

    太宰府天満宮に行かれた方ならご記憶にあると思いますが

    「飛び梅」の話も有名ですね。

    (私は同名の梅のお菓子をお土産にいただいたことを記憶しています)

    菅原道真が京の都を去る時に詠んだ

    「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」は有名な歌です。

    その梅が、京の都から一晩にして道真の住む屋敷の庭へ飛んで行ったという話です。

     

    何だか神がかった逸話の多い方なんですね~。

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  • スタッフブログ, 古文 09.12.2009 コメントは受け付けていません。

    古文な気分~帰国できない!~

    古文な気分「帰国できない」、ハテ何の事?

    この題を見てピ~ンときたあなた、相当な「古文ツウ」ですね。

    ご存じなくて良いのです。これから訳を説明しますので。

     

    百人一首のなかでも有名な歌、

    「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」

    今日は、この歌を詠んだ阿倍仲麿のお話なんです。

     

    阿倍仲麿の悲運

    百人一首の歌は

    「大空はるか遠くをながめると、月がのぼっているが、

    あれは故郷日本の三笠山に出ていた月なのだろうかなあ。」

    という望郷の意が込められています。

     

    若くして学才を評価された阿倍仲麿は717年、第8次遣唐使に同行して

    唐の都、長安に留学しました。

    在唐35年を経過したころ仲麻呂は帰国することになりますが

    乗船した船は暴風雨に遭って南方へ流されてしまいます。

     

    その後、日本への帰国を叶えられることなく

    770年1月に73歳の生涯を閉じました。

    その間、玄宗、肅宗、代宗の三人の皇帝にお仕えしたそうです。

     

    それにしても19歳からの唐での生活はどんな様子だったのでしょうね。

    故郷を懐かしんだ日も多かったことでしょう。

    現代と違って、海外で生活する日本人も

    ほんの限られた人々だったでしょうから。

     

    そんな背景を思いながらもう1度詠んでみましょう。

    「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」

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